東京家庭裁判所 昭和38年(家)11000号 審判 1965年2月23日
加藤きよこと
申立人 川井きよ(仮名)
東京都港区長
被申立人 小田清一
主文
被申立人(参加人)東京都港区長小田清一に対し、次のように戸籍の記載をなすことを命ずる。
一、本籍東京都○区○○○一丁目一二番地一加藤義男の原戸籍(昭和三五年五月一七日改製による)中同人の事項欄に「昭和二五年二月一七日川井きよを養子とする縁組届出」と記載し、同戸籍末尾に加藤義男の養女「きよ」を父母欄及び父母との続柄「川井文造、たみ、長女」養父欄「加藤義男、養女」出生年月日欄「明治四〇年四月九日」と記載の上、同人の身分事項欄に(1)「明治四〇年四月九日出生同月一五日届出同日受附入籍」(2)「加藤義男の養子となる縁組届出昭和二五年二月一七日受附東京都○○○区○○町二丁目二五七六番地川井文造戸籍より入籍」と記載すること。
二、本籍東京都○区○○○一丁目一二番地一加藤義男の戸籍に養女きよを右原戸籍より移記すること。
理由
一、申立の原因事実の要旨
申立人は、主文同旨の審判を求め、申立の理由として、
(1) 申立人は、昭和二五年二月一七日東京都港区長に対し、本籍東京都○区○○○一丁目一二番地一加藤義男(昭和三七年一一月一〇日死亡)との養子縁組届書を提出し、即日受理された。
(2) そして、昭和三〇年二月一五日附の港区長中西清太郎認証の筆頭著加藤義男の戸籍謄本(昭和三五年五月一七日附改製前の原戸籍で、右改製事項記載前の戸籍に基づいて下附された謄本)(後記甲第一号証)には、前記縁組届出受理にともなう戸籍の記載がなされていた。
(3) しかるに、昭和三八年五月一八日附の港区長小田清一認証の筆頭著加藤義男の戸籍謄本(原戸籍で改製事項記載後のものに基いて下附された謄本)(同上第二号証)には、義男の身分事項欄中の申立人との縁組に関する事項は消除されていなかつたが、申立人については申立人の名および縁組に関する事項は全て消除されていた。
(4) そこで、翌五月一九日、前記(2)、(3)記載の戸籍謄本二通を港区役所戸籍係員に提出して、前述申立人についての縁組事項記載消除の事由を問うたところ、縁組届書の形式不備により無効なることを発見したため抹消した旨の回答と共に、提出の謄本二通共縁組届受理に関する記載を全部消除した上で、返戻された。
(5) 被申立人は当該縁組届書は受附はされたが受理されなかつたと主張するが、縁組届受理の記載を戸籍に記載し、かつ前述のとおり関係人にその旨の戸籍謄本を下附した以上、右縁組届は受理されたものといわなければならない。
(6) したがつて、昭和三五年五月一七日加藤義男原戸籍を改製するに際し、無断で一方的に右届出受理の記載を消除したのは、戸籍法第二四条同法施行規則第四四条、第四七条の規定に反する違法処分であるから、右記載の回復を求める。
本件申立は、本件養子縁組を追完するための基礎を得るためである。
と述べ、
被申立人の意見に対しては、本件縁組届書が受附けられた後、戸籍受附帳に記入され、さらに記載担当者によつてそのまま戸籍に記載された事実、および届書に養母となるべき加藤サキ(養父加藤義男の妻)の記載を欠いていた事実を認めるが、その余の主張事実は知らないと述べた。
証拠として、昭和三〇年二月一五日附の筆頭者加藤義男の戸籍謄本(甲第一号証、以下便宜申立人の提出した書証を甲号証とする。)昭和三八年五月一八日附の同戸籍謄本(甲第二号証)、昭和二七年五月二三日附の本籍東京都○区○○○一丁目一二番地筆頭者加藤元の戸籍謄本(甲第三号証)、昭和三九年四月二四日附の同戸籍謄本(甲第四号証)、亡加藤義男作成の人名簿(甲第五号証の一、二)、昭和三五年一一月一日から昭和三六年一一月三〇日有効と記載された農林省発行の世帯主加藤義男の一般用米穀類購入通帳(甲第六号証)、川井信介の加藤あて二月二三日附書面(甲第七号証)を提出し、鑑定人荒井晴夫の鑑定の結果と証人加藤サキ、同加藤元の証言を援用し、乙第一号証の成立は知らない、その余の乙号各証の成立は認めると述べた。
二、被申立人(参加人)の意見
被申立人は、本件申立を却下する審判を求め、申立の理由に対する意見として、
(1) 加藤義男、川井きよを縁組当事者とする養子縁組届が昭和二五年二月一七日港区長あて提出されたことは認めるが、次のような事実により受理されたものではない。
(イ) 一般に戸籍事務における縁組届書の処理過程は、受附、受附帳登載、戸籍への記載、審査、認証の順序で行なわれ、受理、不受理の内部意思の決定表示は、審査(届出と記載の内容を審査、照合すること。)、認証(区長の認印を戸籍簿該当欄の文末に押印すること、戸籍法施行規則第三二条)の段階において、最終的になされ、この手続は略全国統一的に行なわれている。
(ロ) 本件縁組届書についても、この処理過程に従い、一応届書は受附けられた後、戸籍受附帳に記載された後、記載担当者によつてそのまま戸籍原本に記載されたが、審査、認証の段階で、該届書は養母となるべき加藤サキの記載を欠くため、民法第七九五条本文の規定に違反し、同法第八〇二条一号の当事者間に縁組をする意思がないときに該当し、本件養子縁組は無効であり、同法第八〇〇条により受理すべからざるものと判断(昭和一〇年一二月二六日民事甲第一〇四八号、昭和二四年九月一七日民事甲第二〇九六号各民事局長回答の先例により、かりに受理されても追完届の対象にならないものと判断した)されたため、文末認印に至らず、誤記載として、誤記の文字に朱点を施して、届書は受附係へ戻され、受附係は受附帳の記載を取消し、無効な届書を受附けた場合の処理手続に従つて、発収簿登載の上、届書を届出人に返戻したものと推定される。返戻の日は昭和二五年二月一七日ごろで、昭和三〇年二月一五日以前であることは間違いない。誤記の場合の抹消は、戸籍法施行規則第三一条三項に基づくものであり、実際には朱点をつけて抹消している。
(ハ) 届書が受理に至らず返戻されたことは、もし受理されたならば、川井きよの戸籍(本籍東京都○○○区○○町二丁目二五七六番地筆頭者川井文造同籍)にその記載がなく、申立人は依然として川井きよとして在籍している点からも明らかである。
(2) 申立の理由中(2)の事実は次のとおりである。該戸籍謄本をコピア複写器により作成したため、複写器の性能上、前述(1)の消除された誤記載の朱抹箇所が不鮮明に写し出され、申立人がこれを正規の記載と誤解したものと思われる。しかしながら、当該記載には、区長の文末認印もなく正規の記載でないことは明らかである。
(3) 申立の理由中(4)の事実は次のとおりである。関係者が戸籍謄本を提示し説明を求めたので、戸籍係員は戸籍原本を調査の上、当該縁組事項は前述(1)の事情により消除された誤記載である旨説明し、かつ誤解を防ぐため、上司の指示を得て、謄本中誤記載の朱抹箇所にさらに鮮明に朱抹を施したものである。
なお、将来の間違いを防ぐため、戸籍原本についても、消除の朱抹を濃くつけ直すと共に、訂正印も押し直した。
(4) 申立の理由中(6)の事実は次のとおりである。昭和三五年五月一七日加藤義男の戸籍改製の際、事務担当者は前記記載事項につき、何の疑問もなく消除された無効の記載と判断し、したがつて、改製新戸籍には誤記載の養子縁組事項は全然移記していない。
(5) しかして前記(1)の(ロ)の追完届に関する法務省民事局長名の有権解釈は昭和三〇年一一月三〇日民事甲第二四六七号回答(乙第四号証の一、二、三)により同日より現在生存する縁組の当事者による追完を認めることに変更されたので、かりに、前記(1)の届書不受理についての被申立人の主張が容れられないとしても、本件においては、一部の受理もなく追完さるべき原届書が存在しないのでこのままでは追完届出を認める余地がない、と述べ、証拠として、昭和二四年九月一五日発行第二四号「戸籍研究」と題する書誌中「戸籍の届はどこへゆく」という標題にて解説してある部分(乙第一号証、以下便宜上、被申立人の提出した書証を乙号証とする。)、昭和二五年度戸籍受附帳中本件縁組記載事項を消除した頁(乙第二号証)、戸籍に関する通達、回答を集録したものの一部(乙第三号証の一、二、三、第四号証の一、二、三)を提出し、鑑定人荒井晴男の鑑定の結果と証人沢田俊男の証言を援用し、甲第一乃至第四号証、第六号証の成立を認め、爾余の甲号各証の成立は知らないと述べた。
三、当裁判所の判断
(1) 真正に成立したと認められる甲第一号証(戸籍謄本)に昭和三八年一二月二三日付及び同三九年三月一四日付当庁調査官横田健二の調査報告書および証人加藤サキの証言によれば、亡加藤義男と同人妻サキは、その亡長男一男と申立人との間の遺児長男元、二男次男の二児の面倒をみてもらいたいこと、などの理由から、昭和二三年ごろより申立人と養子縁組をする希望があり、申立人もこれを承諾して、昭和二五年二月一七日に本件縁組届出をなしたことが認められる。
(2) ところで、加藤義男、川井きよを縁組当事者とする養子縁組届が昭和二五年二月一七日当時東京都港区長中西清太郎あて提出され、右届書は受附後、一応、戸籍受附帳に記載された上、戸籍にそのまま記載された事実、および当該縁組届書には養母となるべき加藤義男の妻サキの記載を欠いていた事実については、申立人と被申立人との間に争いがなく、かつ、前記甲第一号証、真正に成立したと認める乙第二号証によりこれを認めることができる。
(3) 証人沢田俊男の証言ならびに同証人の証言により成立を認め得る乙第一号証によれば、一般に縁組届書の事務処理手続については、<1>まず窓口係員によつて届出が受附けられ、<2>次に戸籍受附帳(戸籍法施行規則第二一条)に登載された後、<3>さらに、記載担当者によつてそのまま戸籍の原本に記載された上、<4>審査認証の担当者に廻され、そこで受理、不受理の内部意思が決定される。そして、追完のできるものは追完させるが、追完できないものは不受理の外ないので、このようなもし受理すべきでない届書を受附けた場合は、受附帳の当該記載は当時の例としては、別の届出事項を記載した紙片を貼付する方法で消除され、その届書は発収簿に登載の上普通郵便にて届出人あて返戻し、戸籍の当該記載も朱抹をもつて消除する、という手続をとつていることが認められる。
(4) ところで、本件縁組届書については、前記乙第二号証と証人沢田俊男の証言により、前記の一般処理手続により受附帳に一旦記載された後に、受附日当時に消除され、また、前記甲第一号証により、戸籍の本件縁組記載事項の文末に区長認印のないことも認められる。
しかしながら、右届書が不受理として届出人に返戻されたものと推定するに足りる資料は発収簿が廃棄されて現存しないし他にこれを認めるに足りる証拠もない。むしろ、前記調査官横田健二の調査報告書、証人加藤元の証言により成立を認め得る甲第五号証の一、二同第七号証に証人加藤サキ、同加藤元の各証言を総合すれば、右届書が不受理として届出人に返戻されたこと自体疑わしい。
さらに、前記調査報告書に真正に成立したと認められる甲第一号証、第二号証、第三号証、第四号証(各戸籍謄本)並びに証人加藤元の証言によれば、甲第一号証の昭和三〇年二月一五日付の筆頭者加藤義男の戸籍謄本には本件縁組に関する記載が全く消除されていなかつたか、あるいは、少くとも一般通常人の注意をもつてしては消除されていることを識別し得ない程度に朱抹による消除が不鮮明であり、また、身分事項欄外の訂正文字については全くなかつたものと認められ、さらに、謄本のみならず同戸籍原本においても、消除されていたと認識しうる程度に消除されていたかどうかは疑しい。この点に関する証人沢田俊男の証言も右認定を覆すには足りないし、加藤義男の孫加藤元の父母欄中母の氏名にいたつては、昭和三八年五月二三日ようやく「加藤きよ」から「川井きよ」に改めたことが認められるにおいておやである。
(5) 一般に、養子縁組届書等身分事項の創設的届書の提出があつたときは、市町村長は、いわゆる形式的審査権に基いて、その届書が民法および戸籍法等に規定する形式的な要件が具備されているかどうかを審査しなければならない。すなわち、届出の受理とは、形式的審査権に基いて届出が適法なものと認定して、受附を認容する行政処分をいうのであるが、創設的届出については、その受理によつて身分関係の権利の発生、変更、消滅を来たすものであるから、届出の受理不受理の決定およびそれにともなう事務処理は、慎重にかつ適法になされるべきは当然であつて、いやしくも届出人に誤解を生ぜしめるような恣意的な手続によることは違法である。
(6) 本件縁組届出については、前記認定したとおり、内部的の処理手続により受附帳の記載を消除し、戸籍の記載についても文末認印をなさず、かつ不受理にともなう記載の訂正処理方法として誤記によるものとして朱抹による消除をして足れりとしたことは、不受理処分の取扱としては甚だ不完全であつて、これを以て不受理とは認め難い。まして、前記各調査報告書甲第五号証乃至第七号証並びに証人加藤サキ、同加藤元の証言によつて認められるとおり、不受理とは認め難い記載のある戸籍謄本を交付して、関係人をして右縁組届出が受理されたものと確信せしめ、したがつて関係人らは養親子として今日まで円満に同居生活を営み、親族からも養子として認められて社会生活を送つていたのであるから、本件養子縁組の受理、不受理による影響は極めて甚大といわなければならない。
(7) 果してしからば、本件戸籍の記載はいかにみるべきであるかが問題である。
当裁判所は以上認定の事実を総合して本件養子縁組の届出は民法第七九五条の規定に違反したものであつたが、違反のまま受理されて戸籍に記載し、これを後に発見したにもかかわらず戸籍法第二四条第一項、第二項の規定に基づいて訂正することをなさず、漫然と受理手続も完成せず、爾後の不受理手続にも徹しないで処理した違法があるから、この記載は受理と認めざるを得ないと判断する。したがつて、この縁組事項の記載を上記の法定の手続によらずに消除して不受理としたのは違法であり、加藤義男の原戸籍には、右縁組事項を受理したものとして回復すべきである。
(8) ところで、本件縁組は、届書に養母となるべき養父加藤義男の妻サキの記載を欠くので、本件申立を認容する審判によつて、戸籍にその旨の記載がなされれば、関係人による追完届により有効な養子縁組の届出をすることができる(昭和三〇年一一月三〇日民事甲第二四六七号民事局長回答により追完が認められている)のであるから、申立人は本件申立をなす利益を有する。
よつて、本件申立を相当と認め、家事審判法第九条第二項、戸籍法第一一八条、第一一九条により、主文のとおり審判する。
(家事審判官 吉村弘義)